土屋守のウイスキー日和

土屋守のウイスキー日和

 ウイスキーブームのお陰で、ウイスキー本の出版やウイスキーを特集した雑誌の発行が相次いでいます。このコーナーでは、さまざまな本を紹介致します。  また、1~2ヵ月おきにウイスキー評論家、土屋守がウイスキー本の著者にインタビューを行います。

2016.05.17【日記】

緊急の手術・入院を余儀なくされ・・・


月曜になっても右眼の状態がいっこうに改善されないため、急遽、白内障の手術をしてもらった大船の眼科に電話をして夕方に急患で診てもらうことに。昼すぎにウイ文研に行き、当面の仕事を片付け、3時半に出て5時に大船の眼科へ。

 その時の検査では詳しいことは分からなかったが、今日の昼の検査で網膜剥離と、白内障で入れた人工のレンズがズレていることが判明。緊急手術・入院が必要かもしれないということで、横浜の大きな病院を紹介され、車でその病院に向かう。

 網膜剥離のほうはレーザーによる緊急手術を受けたが、いずれにしろズレたレンズについては後日入院・手術が必要になるだろうということで、その検査の日時を予約し、ひとまずウイ文研にもどることにした。

 一日中、検査・診断・手術・病院の移動と振り回されたが、もうここに至っては覚悟するしかない。手術・入院がいつになるのか、どのくらいかかるのか、まだ分からないが、ジタバタしても仕方がない。椎間板ヘルニアによる座骨神経痛とのダブルパンチで、こんな状態で手術・入院ができるのかという不安もあるが、こうなったら笑うしかない・・・。

 ということで、もどりの車の中で各種の連絡。今日出席予定でいたフェルミエの30周年パーティーにも急遽欠席の連絡を入れてもらい、さらに今週・来週に予定されていた私のスコ文研テイスティング、ブレンデッドマラソン、そして『ウイスキー通信』のテイスティングも、申し訳ないが延期の連絡を入れてもらった。

 幸い『Whisky Life』の発送は昨日無事終わり、ウイスキーワールドの入稿も、ほぼ私の手を離れている。5月29日のウイスキープロフェッショナルの問題もすべて作り終え、あとは試験日を待つばかり。ヘルニアとアイラ・ジュラツアーのおかげ(?)で、例年より進行を早めていたのが、幸いした。

 それにしても、何というタイミングか・・・。忙しいのは忙しいが、当面取材の予定は入っていなく、ほぼ原稿も書き終えている。もしアイラ・ジュラに行っている時だったらと考えると、ゾッとする。あとは覚悟を決めて手術・入院に臨むだけである。


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2016.05.15【日記】

クリスティーンのセミナーとバーショー

 好事魔多し…とは、まさにこのことか。ようやく椎間板ヘルニアによる痛みが少しずつ良くなってきたと思ったら、こんどは右眼の不調である。両眼とも2年前に白内障の手術を受けたが、丸2年たって何かが起きているのかもしれない…。

 といっても土・日、病院に行くわけにもいかず、とりあえず様子を見ながら、予定通り東京ドームシティで開かれた東京バーショーへ。ウイ文研も小さなブースを出していたが、準備はスタッフにまかせ、土曜は12時頃に会場に行き、1時半からのクリスティーンのマスタークラスを、プレスとして取材。ま、クリスティーンに合うのは2週間ぶりだが。

 セミナーはマスター・オブ・ウイスキーの佐々木太一氏と2人でアイラ島について紹介するもので、テイスティングはボウモアとラフロイグの2種。それよりもクリスティーンの両親やイエローロックハウスの写真が披露されていて、それのほうが懐かしかった。

 クリスティーンの父はアイラ島北端の灯台の灯台守りで、母のリリーさんはアイラパイプバンドの唯一の女性パイプ奏者だった。訳ではアイルランドパイプバンドと言っていたが、正しくはアイラパイプバンドである。エリザベス女王が1980年代初頭にアイラを訪問した際、ポートアスケイグ港で女王が乗る王室のヨット、ロイヤルブリタニア号に向かって、別れの演奏(ソロパイプ)をしたのがリリーさんだ。今でもそれが、クリスティーンの誇りの一つとなっている。

 土曜は結局5時すぎに会場を後にし、日曜も昼すぎから6時まで会場、ブースにいて、そのまま恵比寿の仕事場にもどる。眼も腰(歩行)も不自由なため、なるべく人混みを避けたかったのだ。両日とも東京ドームで巨人・ヤクルト戦が行われていて、試合の途中経過をチェックしながら、水道橋駅から帰る時間を決めていたためだ。

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2016.05.12【日記】

バーショーと琵琶湖クルーズ・・・

 取材やインタビューの合間に今週は東京バーショー、大阪フェス、長和フェス、9月22日に行われる琵琶湖の”ウイスキークルーズ”のミーティングなどが相次いでいる。

 バーショーはブースを出展するだけだが、私はクリスティーナが来日し、マスタークラスを受け持つこともあり、その取材も兼ねて2日とも行く予定でいる。なかなかこの腰の状態ではベタに居ることも叶わないだろうが、空いている時間はなるべくブースにもいたいと思っている。

 そのブース用の荷物の梱包作業も行い、すべての本にもサイン。合間にスカパーの4K番組の取材も受け、そして特別技術顧問のHさんとウイスキー製造免許のミーティング。もちろん現時点ではシミュレーションにすぎないが、ゆくゆくは蒸留所をつくりたいと思っているのだ。

 もちろん『Whisky World』の入稿が来週に迫っているので、毎日その校正だ。今回は間にアイラ・ジュラツアー、そしてゴールデンウィークの連休が重なっていたため、元のペースにもどすのが、なかなか厄介だ。2ヶ月近く前に取材したものもあり、すっかりその取材意図、そして特集のコンセプトを忘れてしまっている。

 琵琶湖のウイスキークルーズについては、せっかくなのでスコットランド伝統料理も船上で味わえるべく、そのメニューもプロデュースすることに。スコットランドの伝統料理といえば、もちろんハギス、スモークサーモン、スコッチエッグ、カレンスキンク、フィッシュ&チップス、クラナカン・・・。

 そのすべてを出せるかどうかは実際に料理するレストラン側との話し合いを待たなければならないが、できる限り努力したいと思っている。特にハギス、カレンスキンク、クラナカンは私自身、楽しみだ。

 カレンスキンクはウイスキーの故郷スペイサイドのマレー湾に面した古い漁港、カレン(カーレン)の伝統料理で、燻製にしたタラ(フィナン・ハドックという近海タラが主流)とタコネギ、ジャガイモをミルクで煮た、イチ押しのスープだ。ボストン・クラムチャウダーの中身を、スモークしたタラのほぐした身にしたものと言ったほうが、イメージしやすいかもしれない。ほんのりスモークした味が、ミルクとからまって絶品だ!

 カレンスキンクを出すなら、生バンドの演奏では、ぜひロッド・スチュワートの『セーリング』を歌ってもらいたいと思っている。スコットランド出身(両親が)のロッドがアメリカで再デビューする時、最初のアルバムに選んだ曲が、『セーリング』。

 この唄の元曲はスコットランド出身のフォークデュオ、サザーランドブラザーズがマレー湾の北海に面した寒村の漁港で作詞作曲した、海の男達に捧げる鎮魂歌だ。あえてロッドがその曲を選んだのは、自身のルーツと、海を渡ってアメリカでもう一度勝負するという、その決意にぴったりの曲だったからだ。

 『セーリング』が作られた漁村にも行ったことがある。クロービーという村で断崖絶壁の真下、眼の前は足元まで北海の荒波が迫っている。車が入る道路もなく、人は歩いてしか、その村には降りられない。軒下3メートル先は本当に海なのだ。まるで絶壁にへばりつく海鳥の巣のようにも見える。

 思い出すのはアイルランドのアラン島やヘブリディーズ諸島の海の男達の悲しい物語だが、それと同じ生活が、かつて北海に面したマレー湾一体にもあったのだ。そういう意味での海の男達の鎮魂歌である。ウイスキークルーズに、これ以上ふさわしい料理も、歌もないだろうと思うのだが。

 もっとも琵琶湖クルーズだから、そんなことと関係なく、ブラックバスやナマズのフリッター、いやフィッシュ&チップスもありだと思うが・・・。
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2016.05.11【日記】

仙台宮城峡でカフェスチルを取材


 昨日は次号(5月31日発売号)の『Whisky World』のミーティング。そして2時から、そのワールドのハイボール座談会をウイスキースクールで行う。ハイボールといっても缶ハイボールについてで、ワールドのテイスターの谷嶋氏、吉村氏、白井氏の3名に集まってもらい、14~15種類の缶ハイをテイスティングしながら、2時間近く話し合う。

 缶ウイスキー、缶ハイボールについては7~8年前に一度ワールドでやったことがあるが、そのときは全員が酔っ払ってしまって、最後のほうはほとんど覚えていないという、”伝説の座談会”となった。

 今回はその教訓(?)と反省をいかし、プラカップで少量ずつテイスティングしたが、それでも最終的に20種類近くを飲むことになり(比較のためにウイスキー以外の缶ハイも飲んだため)、普段以上に酔いが回ってしまった。そのためか2時間という時間はあっという間で、その後、再びワールドの入稿作業、そしてウイスキー検定合格者特典である『Whisky Life』第4号の最終入稿。今回の表紙はロイヤルロッホナガーのウイスキーキャットだ。

 さらに大阪フェス、9月の琵琶湖クルーズのミーティングと続いたが、翌朝早いこともあり、8時すぎに事務所を後にする。

 今日は6時前に起き、8時20分発の新幹線で仙台へ。仙山線に乗り換え11時前にニッカの宮城峡蒸溜所。東京を出るときは蒸し暑く汗だくだったが、さすがに宮城峡は涼しく、しかも小雨が降っている。仙山線の車窓から見える川沿いの風景と新緑がきれいで、ところどころに山桜や藤の花が咲いている。

 車内アナウンスで仙山線の途中駅が山寺と知り、急に懐かしくなった。山形県の山寺は松尾芭蕉が「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」という俳句を詠んだ寺で、週刊誌の記者をやっている時に、山形の取材の帰りに寄ったことがある。山形の取材自体はたしか事件の取材だったと思うが、時間が余ったので1時間ほど寄ったのだ。もう30年以上も前の話だが・・・。

 すっかり忘れていた記憶が蘇ったのは、ラムの取材で滋賀県の大津に行ったからだろうか。そこで偶然にも芭蕉の「古池や 蛙飛びこむ 水の音」という句に出会ったからかもしれない。実は大学の時に1年間、ゼミで芭蕉の『奥の細道』をやっていたのだ。

 と、全然関係ないことを書いたが、宮城峡を訪れたのはやはりワールドの取材で、今回はチーフブレンダーの佐久間さんから、ニッカがこだわっているカフェスチルと、カフェグレーン、カフェモルト、そしてそのグレーンを使ったブレンデッドのスーパーニッカ、フロム・ザ・バレル、ザ・ニッカ12年について聞くためだった。

 今まで私も知らなかった非常に興味深い話を聞くことができたが、それは今月未発売のワールドを見てのお楽しみである。それにしても1999年に関西の西宮工場から宮城峡に移設された2セットのこのカフェスチルは、95年の阪神大震災、2011年の東日本大震災の2度の震災を経験するという、希有な体験をしている。

 1962年と66年にスコットランドのグラスゴーで製造されたこのスチルは、竹鶴政孝がこだわった旧タイプの連続式スチルだ。1919年の6月に、今はなきボーネス蒸溜所で3週間だけ実習をした、竹鶴にとっては思い入れの深い旧タイプのコフィースチルである。

 今回、西宮からの移設に直接携わったという早川さんにも話を聞くことができたが、まさに早川さんらが手塩にかけて育ててきた、いとしい蒸留機なのだ。そういう意味では年代物のクラシックカーのようなものかもしれないと、ふと思った。

 ウイスキーには、この手のロマンは不可欠で、次回はぜひ、そのことにもスポットを当ててみたいと思っている。


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2016.05.09【日記】

バーショー、大阪フェスのお土産ボトル


 椎間板ヘルニアを患って1ヶ月余り。この間多くの人からいろんなアドバイスや病院、整体などを教えられた。メールや手紙をくれる人もいれば、直接電話をくれる人もいる。本当にありがたいことだと思っている。感謝しても、しきれない気持ちだ。時間がかかるが、とにかく一日でも、一歩でも、前進していこうと思っている。このことが理由で仕事をやめるわけにはいかないからだ。

 ということで連休最後の土日もウイスキープロフェッショナルの問題作り、ウイスキーワールドの原稿書き、そして6月に大阪と東京で開く予定のブラッシュアップセミナーの資料作りである。「アイラ最新情報」として、前半部分でアイラの8蒸留所について、お伝えするが、この10~20年間くらいの蒸留所の造りや、仕込みのスペックについて、その変化を話したいと思っている。

 おそらくアイラの生産量は、この20年くらいで3倍近くになっていると思われるが、具体的な数字を挙げて、各蒸留所の変移を見ていきたい。かつてアイラではリキッドイーストは難しいと見られていたが、今回行ってみてすでに3ヶ所がリキッドイースト、そして1ヶ所がドライイーストに変わっていた。

 リキッドイーストを導入するためには巨大なタンクローリーで本土から運ばなければならないが、アイラは現在、日に何10台という巨大なタンカー(トラック、29トン積み)、タンクローリーが行き交っている。麦芽の運搬でもあり、ニューポットの運搬、そしてイーストの運搬用だ。

 つくづくスコットランドのウイスキー産業を見ていると、その鍵を握っているのは物流だと気付かされる。10年以上も前にディアジオの物流センターの記事を読んだことがあるが、ディアジオでは27(今は28)の蒸留所を結ぶ物流センターがあり、日に何100台という巨大なタンカー、トラックを動かしているとあった。ポートエレン港が大幅な改修工事を行うと発表していたのは、そうしたこともあったのだ。

 それはともかく、今日は久しぶりにスタッフ全員が揃う日。昼すぎにウイ文研に行き、『Whisky Life』、ワールドの入稿作業、校正に没頭する。連休で多くのことが中断していたので(連休ボケ?)、4時半すぎからは全体ミーティング。今週末に迫った東京バーショーと、来月の大阪フェスについて確認作業。

 バーショーで販売する100mlのお土産ボトルは今回5種類。うち2種類(バーボンとジャパニーズ)はウイスキー検定合格者用ボトルだが、残りの3種はいつものオリジナルで、今回はスコッチのブレンデッドモルト2種と、ブレンデッドウイスキー1種の計3本を用意した。モルトはスモーキーなアイラブレンデッドと、フルーティでスイートなスペイサイドブレンデッド。どちらも、かなり長熟のレアなモルトも含まれている。数に限りがあるので、どちらもお早めにだ。

 もちろん、フルボトルも無料試飲つきで販売する。3月の「ボトラーズ&クラフトウイスキーフェス」のウエストポートと、他2種だ。これが終われば、次はいよいよ大阪フェスのオリジナル100mlのボトルの制作にかからなければならない。

 大阪フェスは、もちろんリオ五輪にかけて5種のウイスキーを出す予定だ。もちろんフルボトルもスコッチとカバランの2種。カバランは300mlという蒸留所限定のもので、当日はイアン・チャンさんと私の2人がボトルにサインを入れて、60本だけ会場で販売する。・・・ぜひ楽しみに待っていただきたい。


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2016.05.06【日記】

アイラツアーで残念に思ったこと・・・


 今回のアイラの旅で1つだけ残念なことがあった。それはアイラの7蒸留所とジュラ1蒸留所の計8蒸留所を見ることができたのに、ラガヴーリンだけ見学できなかったことだ。

 カリラも同じ状況だったが、旧知の間柄のジョジーがいてくれたおかげで、なんとかその場で交渉し、見学させてもらうことができた。どちらもディアジオの蒸留所で、ジョジー(ジョジー・クロフォード)が2つの蒸留所のマネージャーを務めている。

 ラガヴーリンとカリラについては3月アタマに正式に取材(ツアー)の要請をしているが、こんなことは20年近くツアーをやっているが初めてのことだった。もちろんラガヴーリンは今年200周年で多くの行事が入っていて忙しいのは分かるが、残念というしかない(テイスティングはやってもらって、それはそれで感謝している)。

 これはツアーでもあるが、次号か次々号くらいの『Whisky World』でアイラ特集をやり、そこではアイラの8蒸留所をすべて載せる予定でいた。雑誌掲載ということも当然分かっていると思っていたし、また6月のウイスキーコニサーのブラッシュアップセミナーでも、アイラの最新情報をお知らせするつもりでいたので、二重に残念というしかない。

 ラガヴーリンがまったく見学を受け付けていないというなら、それはそれでしょうがないが、私たちが訪れた日の午後に普通にツアーが行われていた。今は一日に一度、午後に観光客向けに見学ツアーをやっているというのだ。

 今回アイラに行ってみて分かったことだが、年々蒸留所の見学が難しくなっている。まずこのてのツアーでは蒸留所のマネージャーが出てくることはほとんどない。今回の9蒸留所で、マネージャーが説明してくれたのはジュラだけだった。ほとんどは、そのための訓練を受けた蒸留所の案内係だ。

 皆、それぞれによく勉強していて細かいスペックについてもよく知っているが、マニュアルにないことを(たとえばドライイーストなら、その会社はどこかといった)質問をすると、分からないことも多い。昔のほうがよかったのか、それとも今のほうが合理的なのか、すぐには判断できないが、諸事やりにくくなったのも事実である。もう一度、ツアーのあり方、ツアーの可能性について考え直すときが来ているのかもしれない。

 私としては、個人的に取材で訪れるほうがはるかに楽で、はるかに多くのことを聞くことができるが、一人でも多くの人たちにスコットランドやアイルランド、アメリカの蒸留所を見てもらいたいと思ってきたし、蒸留所やウイスキーだけでなく、その土地の文化や歴史について、知る限りのことを伝えたいと思ってきた。蒸留所間を移動するバスの中では毎回、そうしたガイドもやってきたし、見て、聞いて、知って、そしてすべてを感じてほしいと願ってきたからだ。

 スコ文研ができる前の1995年から毎年少なくとも1回、多いときは年に2回、のべにして500~600人くらいのウイスキーファンと旅をともにしてきただろうか。これからどうすべきなのか、今後もこの手のツアーを続けるのかどうか・・・。もう一度考えてみないといけないと思っている。
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2016.05.05【日記】

WPの問題作りと35年前の腕時計・・・


 この3連休は時差ボケと腰痛と闘いながらウイスキープロフェッショナルの問題作りをやっている。初夏を思わせる陽気で行楽地は多くの人で賑わっているが、この体では200~300メートルしか歩けないので、どこへも行けず、恵比寿の仕事場にこもって、仕事をしているという次第だ。時差ボケでモーロウとした頭で問題作りというのはツライが・・・。

 今日の午前中までに、ほぼ原案を作り終え、午後ウイ文研。休み中、問題作りのスタッフUさんに夜だけ出てもらい入力してもらっているからだ。ついでに『Whisky World』のテイスティングボトル6種のうち、4種類のテイスティングをしてしまう。今回私が担当するのはジャパニーズ2本、カバラン2本、そしてバーボン2本の計6本だ。

 その合間にこの3日間、アイラ・ジュラの記録の整理もやっている。今回はジミー山内氏が通訳をやってくれたお陰で、比較的メモはとれたが、いかんせんその文字が読めない・・・。老眼鏡をかけないと文字が読めないが、メモをとるときはそれを忘れていて、メモ帳に書いているからだ。したがって何を書いているかわからずに書いていることも多い。1~2ヶ月もたったら、しっかり判読不能だ。

 文字が極小で読めないだけでなく、何度読んでも意味不明なのがデジタル時計の時刻合わせだ。最新鋭の電波ソーラーというやつで2~3年前に買ったが、毎回スコットランドに行くたびに時刻調整に苦労している、その度に説明書を持って行っているが、ボタンが4つもあり、機能が多すぎて、毎回わけがわからない。ついに今回それを諦めて、昔ながらのアナログ時計を持っていくことにした。

 ところが何個か持っているアナログ時計のほとんどが電池切れで動かず、仕方なくここ2~3年出番がなかったシチズンのダイバーウォッチを持っていくことにした。

 この時計は1981年の私の最後のチベット・ヒマラヤ行の際にシチズンから提供されたもので、当時新発売の150メートル防水の高級ダイバーウォッチだった。まだGショックなんて時計のなかった時代で、ダイバーウォッチだったが、タフさが売りの時計でもあった。

 標高3500~5500メートル、気温が-30℃を超えるという冬のヒマラヤの、3ヶ月にもおよぶ踏査行に耐えられるかどうか、そのモニターをしてほしいという依頼でもあった。もちろん、無事帰ってきたあとに、写真入りでレポートを書かせてもらった。

 それにしても、あれから35年。途中2回くらいバンドは換えたが、今でも現役で動き続けている。電池寿命が5年と長いのもありがたい。この30年近くは釣行のたびに使用しているし(電波ソーラーを買うまでは)、アイスランドやアフリカの旅の時も、お供はこの時計だった。時計は10個近く持っているが、久しぶりに今回この時計を使ってみて、改めてそのクオリティーの高さに驚いた次第だ。


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2016.05.02【日記】

アイラ・ジュラツアーから無事生還!?


 不安だらけのアイラ・ジュラツアーだったが、なんとか無事に今日昼前に成田にもどってきた。蒸留所の見学ツアーやバスの長時間移動がツライと思っていたが、やっぱり飛行機の片道12時間がもっともツライ・・・。

 健康体でも飛行機は年々ツラクなっているのだから、まして椎間板ヘルニア、坐骨神経痛の身には拷問のようにツライことがよく分かった。しかも行きは12時間半のフライトの後にヒースローで乗り換えグラスゴー、そしてさらにアーガイル地方のインバレアリーまでバスで1時間半近く走った。

 帰りもアイラ島からフェリーに乗り、そしてエジンバラまで4時間半近く走った翌日に、エジンバラ~ヒースロー、そして成田への12時間のフライトである。昨年12月にこのツアーを企画したが、その時は腰痛などなかったから、こんな強行スケジュールを組んでしまったのだ。つくづくそんな自分が恨めしい・・・。こればかりは、人をせめるわけにはいかないからだ。

 それでも、なんとか無事にもどってきた。ツアーはインバレアリーに1泊し、その翌日朝のフェリーでケンナクレイグからアイラ島のポートエレン港へ。予定ではポートアスケイグ着だったが、フェリーを運航するカルマックが急遽予定を変更し、ポートエレンと告げてきたのだ。どうもポートエレン港の工事の着工が遅れているらしい。

 その日(4月26日)はボウモア、ラフロイグと2つの蒸留所を見学し、ボウモアの街の4ヶ所のホテル、ゲストハウスに6時すぎにチェックイン。急遽ジミーが通訳で参加することになったため、宿泊先が4ヶ所となってしまった。今アイラのツアーの一番のネックがホテルの確保だろう。今回はクリスティーンのおかげで宿を確保できたが、そうでなければこれだけの大人数のツアーは至難のワザである。

 そのクリスティーンとも再会し、夜は7時半からロッホサイドホテルでディナー。総勢29人の大所帯で、もちろんホテルは我々グループの貸し切り状態。ディナーはアイラオイスターやサーモン、メインにはアイラロブスターと、海の幸満載で、久しぶりに美味しいシーフードを堪能した。特にロブスターは大きく、絶品である。

 27日はラガヴーリンとアードベッグの2ヶ所。アードベッグの後、少し時間があったのでダニヴェイグ城まで全員で歩いて行く。天気もよく、ダニヴェイグ城から見るラガヴーリンは最高にフォトジェニックだ。沖合すぐのところにテクサ島、そして遠くに北アイルランドも見える。

 28日は朝イチでカリラ。驚いたことに前日の夜から嵐で、朝食の時には雪が降っている。1989年の最初の訪問以来アイラには40回近く来ているが、こんな光景は初めてだ。私だけ4日通しで宿が取れなかったのでパッキングをして、ホテルからゲストハウスに雪の中を歩いて移動。

 カリラでは懐かしいネコのスシに再会。スシはクリスティーンのお母さん、リリーさんが飼っていたネコで、リリーさんが100歳で亡くなった後(2015年)、カリラのウイスキーキャットになっているのだ。そのことをクリスティーンから聞かされてはいたが、本当に再会できると思っていなかった。

 スシを初めて見たのは2009年にリリーさんの家を訪ねたとき。その時リリーさんは2匹のネコを飼っていて、1匹がスシで、もう1匹がノリだった。もちろん日本の寿司と海苔から付けられている。黒いほうをノリだと勝手に思っていたが、カリラにいたネコは黒ネコで、こちらの方がスシだという。90を過ぎて眼のよく見えなかったリリーさんが、間違って付けたのだろうか。

 いずれにしろ飼い主のリリーさんが逝って、スシはお隣のカリラに移ったようなのだ。スシ、ノリと2匹のネコを飼いはじめたのはクリスティーンが日本に来たことがきっかけだった。今から15年くらい前の話だから、スシも15歳を超える。人間で言ったらすっかり老婆だ。

 アイラ海峡をはさんで対岸にジュラのパップス山の雪景色(!)を見ながら、しばしスシと触れ合った。2009年の時は動きも活発で、じっとしていなかったが、今は私の横でじっとしている。毛並みはそれほど変わっていないが、筋肉が落ちているのが触っていて分かった。スシも歳を取ったのだ・・・。

 その日はカリラの後、ブナハーブン、ブルイックラディを見学し、6時すぎにボウモアにもどる。アイラ最終日の29日は午前中キルホーマンに行き、昼すぎのフェリーでジュラ島へ。例によってジュラのスクールバスに迎えに来てもらい、1時にジュラ蒸留所へ。

 ジュラで30年近く働いていたマネージャーのウィリーさんは3月にリタイアしたとのことで、今回は新しいマネージャーが案内してくれた。昨日の雪がウソのように晴れわたり、蒸留所に行く道の途中で、何度も鹿を見ることもできた。やはりジュラは鹿の島である。

 帰りはポートアスケイグ港にもどるフェリーが故障というハプニングもあったが、どうにか無事アイラにもどり、夜はハーバーインで再び全員でディナー。翌4月30日(土)にアイラを後にして、エジンバラまで一気にもどった。

 改めて今回のツアーでは多くの新しいことを知ることができた。ドラマチックな雪景色も堪能することができたし、何より28名という大所帯が無事ツアーを終えたことが、一番嬉しい。行く前は不安だらけで、正直眠れぬ日もあったが、すべてに感謝である。

 今回のツアーの成果、詳細については『Whisky World』や通信、そして6月に大阪と東京でやるコニサーのブラッシュアップセミナーで、語っていこうと思っている。痛みと闘う日々はまだまだ続くが、今回のツアーのことを思えば、それも乗りこえることができるだろう・・・。


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2016.04.21【日記】

テイスティングのノウハウをスクールで伝授!?


 椎間板ヘルニアを発症してもうじき4週間近くになるが、痛みは相変わらずである。この間、いろんな整体・病院も調べているが、すべてはアイラ・ジュラから帰ってからだ。

 正直この状態でアイラに行くことは不安だらけだが、ここまで来たら行くしかない。幸い我々の仲間であるジミー山内氏が急遽同行してくれることになり、蒸留所の見学は彼が代行してくれることになった。私はテイスティングや、それ以外の通訳、案内をすることになる。

 『ウイスキー通信』や『コニサー倶楽部』、ライフ、ワールドの原稿執筆、校正、入稿作業をやりながら、この3週間ツアーの準備もしてきた。諸々の変更が沢山あったからだ。さらにサントリーの57種のウイスキーについてもコメントを書いてきた。

 幸い内臓系の病気じゃないので、テイスティングや原稿執筆は続けられるが、人生なにが起きるか分からないものである。ケガの功名というか、椎間板でダイエットを余儀なくされ、この3週間で3キロほど体重を落とすことに成功(?)した。

 今までは何をやっても成功しなかったので、これだけは有難いと思っている。やはり、「必要は発明の母である」。人間、切羽詰まらないと何もできないのだ。この調子でいけば夢の60キロ台も無理じゃないかもしれない。私が週刊誌の記者をやっていた頃の体重だ。

 と、そんなことを考えていてもしょうがないので、眼の前のウイスキーワールドの原稿書き。スコッチ最前線としてグレンモーレンジィ、グレンエルギン、アードモアの原稿を書いてきたが、そのレイアウトが上がってきたので、キャプション書き。

 さらに凸版印刷から、サントリーのテイスティングコメントのゲラが上がってきたので、その校正にも着手。ディアジオから頼まれていたタリスカーの選評についても、コメントを校正し、それを返信。応募作はなかなか個性的なものが多かったが、我々プロが書くテイスティングノートと比べると、かなり異質であることも否めない。

 ウイスキー文化研究所のスクールでは、現在Yさんのテイスティング講座をやっているが、ウイスキーワールドの5人のテイスターのコメントを見ても、それぞれにクセというか個性がある。

 スクールの態勢も整いつつあるので、いよいよ6月くらいからは私のテイスティング講座も開講していきたいと思っている。毎回5~6種類のウイスキーをテイスティングしながら、それをどう表現するのか、そのテクニックというか、私がこの30年近くの経験で得たノウハウを伝えていきたいと思っている。

 テーマは毎回変えるが、その都度気軽に参加してもらえればよい。テーマによっては比較のためにワインもシェリーも、コニャック、カルヴァドス、ジン、ラム、テキーラ、そしてビール、日本酒も出す予定だ。6月からの開講を楽しみに待っていてもらいた。とりあえず、今の病状なら、座ってテイスティングすることは可能だからだ。ついでにマリアージュも秋くらいから始めたいと思っている。

 スクールの件も着々と進めているが、アイラに行く前にもう1つやることがある。それは5月14・15日の東京バーショーのオリジナル100mlボトルをつくることだ。今回はアイラ、スペイサイドのブレンデッドモルト2種と、もう1つはグレーンを入れたスコッチのブレンデッドの3種を用意することにした。

 どれも各1500円で、そのうちの500円は熊本地震のために寄附させてもらいたいと思っている。東日本大震災の時は、いくつかのチャリティーイベントを開催したが、今回はバーショー、大阪フェスの記念ボトルの1部を寄附したいと思っている。

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2016.04.20【日記】

新入りスタッフCさんの歓迎会

 『ウイスキー通信』『コニサー倶楽部』が無事校了できたばかりだというのに、『Whisky World』の制作が始まっている。とりあえず、アイラ・ジュラツアーに行く前に書けるだけの原稿を書いてしまわないといけない。

 Booksのコーナーの本がまだ決まっていなかったが1冊は刷り上がったばかりの『ウイスキー検定過去問題集2』に決め、もう1冊はイアン・バクストンの『死ぬ前に飲むべき101のジン』に決定する。

 このところのクラフトディスティラリーはジンの製造を兼ねているところが多く、ほとんどの蒸留所がジンを造っている。しかも、ジン専用のポットスチルを併設するところも多い。

 ジンはウイスキーと違って熟成させる必要がなく、造りも簡単だ。一般的にはニュートラルグレーンスピリッツをバルクで買ってきて、それを50%くらいに希釈して、そこにボタニカルを詰めた袋を漬け込んで、それを蒸留すればいい。アルコール原酒に漬け込まずに、ラインアームの途中にバスケットを設け、そこにボタニカルを置くという手もある。

 ほどんとのクラフト蒸留所がやっているのは上記のどちらかの方法だが、他に減圧蒸留器を使ってやる所もある。まるで日本の焼酎の減圧蒸留みたいなものだが、これのほうが低温で蒸留するため、ボタニカルのフレーバーが熱変化を受けず、すっきりするという。もちろん他に、コンパウンドジンといって、香料を添加するという安直なジンもあることはあるが。

 というようなことをイアン・バクストンの本を読んで知った。知れば知るほど、ジンもなかなか面白い。ウイスキー文化研究所でウイスキーを造る際は、同時にジンも造ろうと思っている。そうすれば、もちろん「東京人」だ。

 ま、とにかくブックス欄の原稿を書いて、昼すぎにウイ文研。2時にサントリー広報のNさん以下3人が来社して、いろいろ話をする。私が日本にもどってウイスキーライターの仕事を始めた時に、私の担当になってくれたのがEさんで、Eさんが20年ぶりくらいに広報にもどったので、その件もあっての来社だった。

 その後、オールドパーのテイスティングノートを仕上げ、6時半から事務所のすぐ前の焼肉屋で新しく入ったスタッフCさんの歓迎会。代表世話人のSさんやNさんも来てくれて、総勢12名での歓迎会となった。

 椎間板ヘルニア以来ダイエットのため野菜中心で、焼き肉は食べていなかったので、本当に久しぶりの焼き肉となった。肉はやっぱり旨い!


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2016.04.19【日記】

フェスやスクールのミーティング・・・


 昨日は午前中からサントリーのテイスティング。3月下旬から続けてきたテイスティングも、ほぼ57種類すべてが一段落。もちろん、これから推敲・構成を何度かやらなければならないが、アイラに行く前にすべて終了させたいと思っている。

 その実際のポップも、先週金曜日に凸版印刷から届いた。イオンやイトーヨーカドーなどのウイスキーコーナーに展示されるという。私のイラストが、やや若すぎる気もするが、まあ、あまり似ているのも・・・。

 昼すぎにウイ文研へ行き、それらの入力作業。その合間に『ウイスキー通信』、『コニサー倶楽部』の入稿の最終カクニン。来週25日の月曜日にどちらも発送だ。ちょうどアイラ・ジュラツアーに羽田から出発する日だが。

 さらに、夕方から『Whisky World』のタイアップ企画、オールドパーのテイスティング。オールドパーシルバー、12年、18年、スーペリアの4種類のテイスティングノートを作成するというもので、その作業を開始。

 今日は午前中『シングルモルトウイスキー大全』の重版のため、訂正箇所をチェック。午前中いっぱいかかってその作業を終わらせ、昼すぎにウイ文研。先週土曜日から痛み止めの薬を変えたが、あまり状態に変化ナシ。とにかく慣れるしかないのだろう。

 小学館の担当編集者Oさんに連絡して、チェックした大全を取りに来てもらう。今回の重版は2000部で、これで1年近くはもつが、その先はやはり全面改訂版を出すしかない。1年半後の2017年10月の刊行を目指して、今から準備開始である。最初の『モルトウイスキー大全』刊行から、ちょうど22年(!)。その年に生まれた子供たちが、大学4年生になる計算だ。
 
 それらの作業をやりながら、3時すぎからスタッフの全体ミーティング。アイラツアーや連休があるため、今後のスケジュールも含めて、決めなければならないことが山のようにある。

 まずは東京バーショー、プロフェッショナル試験、大阪フェスなどについてミーティング。バーショーは例によって記念オリジナルボトル(100ml)を3種出す予定だが、その中身についてはまだ未定だ。大阪フェスは、いよいよ具体的な進行スケジュールが必要になる。プロフェッショナルの問題は、ツアーから帰った連休中にやることにした。

 その後、休憩をはさみながら、第4回検定、長和フェス、琵琶湖クルーズ、来年の清里フェスと続く。第4回のウイスキー検定については、ほぼ実施日も決まり、今週か来週には発表予定だ。そのための『Whisky Life』第4号も、現在作っているところだ。

 さらにウイ文研のスクールについても、7時近くまでミーティング。6月頃から新しい講座を続々と開きたいと思っている。新しい事務所に引っ越してきて1年4ヶ月。ようやく態勢が整いつつあるからだ。

 受講生からの要望の多かった、「究極のモルトマラソン」の2クール目、そして閉鎖蒸留所のテイスティングも、ようやく実現する運びだ。といっても、今のところウイ文研にある6本のみだが・・・。


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2016.04.17【日記】

大阪でWPの集中セミナー


 昨日は午前中リハビリで通院。その後サントリーのテイスティングの続き。小学館から私の『シングルモルトウイスキー大全』の重版の連絡があり、その訂正箇所のチェックも始める。

 これは2009年11月に出した第3版のモルトウイスキー大全だが、すでに情報がかなり古くなっている。本当なら昨年改訂版(4版)を出す予定でいたが、ここ1~2年の激変により予断を許さなくなっているので、見送ったという経緯がある。大きく変更するには時間がかかるが、訂正くらいで済むなら、今はよしとするべきかもしれない。あくまでも、次の版が出るまでのツナギではあるが。

 その作業を一度中断し、3時すぎの新幹線で大阪へ。椎間板ヘルニアをやって初めての遠出である。1泊するということで不安もあったが、とにかく行くしかない。2時間半の列車にもなんとかたえ、6時すぎにホテルにチェックイン。夜は早めに就寝した。

 今日は5時半に起き、朝食を食べてセミナーが行われる北浜ビジネス会館まで歩いて行く。北浜証券取引所の前にはディーン・フジオカで有名になった五代友厚の像があるが、見る余裕もなし。8時半すぎに着いて、予定通り9時半から、プロフェッショナルの集中セミナー。

 午前中スコッチとアメリカン・カナディアンの製造についてやり、12時すぎに到着した午後の部の講師Yさんと交替して、1時ちょいに会場を出て新大阪へ。すぐに新幹線に乗って東京にもどり、夕方から再びサントリーのテイスティング。さらにディアジオから依頼されていたタリスカーのコメントの校正作業。

 これはネットで募集したタリスカーのテイスティングコメントの中からトップ5を選び、その選評を書くというもので、そのお礼としてラガヴーリンの200周年記念ボトル1本が先週金曜日に届いていた。寄せられたテイスティングコメントはどれも力作ばかりだったが、すでに私のほうはその中からトップ5を選び終えている。私以外の審査員の結果も踏まえて、どうなるか楽しみである。

 とにかく椎間板ヘルニアを発症して、もうじき3週間になるが、毎日不安の連続で、その不安と痛みと闘う毎日だ。アイラ・ジュラツアーも一週間後に迫っている・・・。


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2016.04.14【日記】

キリン本社で田中城太さんにインタビュー

 午前中、恵比寿の仕事場で次号『Whisky World』の原稿書き。スコッチ最前線の原稿で、今回はグレンモーレンジィ、グレンエルギン、アードモアの3蒸留所。それが終わって、再びサントリーのテイスティング。追加のボトルが昨日届いたので、それらのテイスティングに着手。

 昼すぎまでかかってそれらの作業を一段落させ、2時すぎに中野のキリングループ本社へ。ヘルニアになって以来5~6分の距離しか歩けないため、電車を乗り継いで中野まで行くのは久しぶりだ。幸い電車がそれほど混んでいなかったので助かったが、駅の改札など人の多いところは歩くのに難儀だ。

 早めに着いて3時半から18階の応接室で、チーフブレンダーの田中さんにインタビュー。ウイスキーワールドの巻頭インタビューで、3月下旬にリニューアル新登場となった、「富士山麓樽熟原酒50°」について、その開発コンセプト、従来のものとどこが違うのかなどを1時間半ほど伺った。

 やはり、今回のこだわりは『原酒』という文字を入れたことと、ブレンデッドとしては珍しいノンチルフィルターにこだわったこと。もちろん容量も600mlから、ワールドスタンダードの700mlになっている。

 原酒にこだわったのは、もともとキリンの御殿場はモルトもグレーンも、樽詰め度数が低く、そのためボトリングに際してほとんど加水をしなくて済むこと。つまり、樽出し原酒そのものを瓶詰めできるという点だ。

 田中さんによるとモルト原酒は50%で樽詰め、グレーン原酒のライトとミディアムは62~63%だが、今回のキーとなっているヘビータイプのグレーンは55%で樽詰めしているという。しかも、御殿場の熟成環境ではアルコール度数の上下はほとんど見られないという。つまり大半は、水を加えずそのままボトリングできるのだ。だからこその、ノンチルフィルターでもある。

 3月の終わりにウイスキー検定のツアーで御殿場に行き、そこで初めて樽熟原酒50°を飲んだが、改めてインタビューしながら飲んでみると、従来のものより、はるかにリッチで、コンテンツも多いように感じられる。

 新樽を使ったヘビータイプのグレーンが効いているのだろう。スイートかつスパイシーなアロマがあり、しっかりとした樽香が感じられる。加水で少し度数を落とし、時間が経つとミディアムグレーンの、あの巨峰のようなフルーティさが開いてくる。複雑で、飲み応えたっぷりのウイスキーに仕上がっているのだ。

 前回、御殿場ではハイボールで飲んだが、ソーダとウイスキーの比率を変えることで、「富士山5合目ハイボール」「7合目ハイボール」「山頂ハイボール」と、バリエーションを提案しているのも面白い。5合目は1対5、7合目は1対4、山頂は1対3と、登るにしたがって濃くなる。1対3の山頂ハイボールでも、もともと樽熟が50%の度数だから、他のウイスキーのハイボールに比べても、かなり度数は高い。

 富士の樹海の青木ヶ原には学生時代に何度も行ったことがある。溶岩が冷えて固まった風穴があり、そこを探検するためだったが、中は氷の殿堂で氷結ならぬ、まさに氷穴。「樹海ハイボール」をつくるとしたら、それは氷入りのハイボールかと、その時ふと思った。

 結局、5時にキリンを出て、再び電車を乗り継いで仕事場にもどる。再びサントリーのテイスティングが待っているからだ…。

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2016.04.13【日記】

シーバスミズナラと燻製料理…

 昨年、『中央公論』に書いた私の文章が、ディスカスジャパンというニュース配信サイトから英文に翻訳されて全世界に配信されたが、今度同サイトから、中国語に翻訳されて配信されることが決まった。テーマはジャパニーズウイスキーについてで、このところウィスキーの話題が留まることを知らないかのようだ。

 先日もテレビでシーバス・ミズナラのコマーシャルが流れていたし、昨日はNHKの夕方のテレビで肥土さんとイチローズモルトが特集されていた。2月に行われた京都ウイスキーパーティーの際に、そういえばテレビの収録が行なわれていたが、その時のインタビューの様子も放送されていた。

 シーバスのCMにはマスターブレンダーのコリン・スコット氏が登場していて、そのことも驚かされた。こういう形でマスターブレンダーがテレビCMに登場するのは初めてではないかと思う。画面にシーバスのミズナラ樽が写っていたが、ベールに包まれていたミズナラの正体が少し分かったような気がする。

 ということと関係なく、今日も午前中に『Wisky World』の原稿を2本書き、昼すぎにウイ文研。ウイスキー通信、コニサー倶楽部が同時進行していて、3時すぎに通信の連載企画、今月のくんせいコーナーの写真撮影。

 今回は肉のくんせいで、豚のロースと砂肝、そして手羽の3種類。さらにカマンベールのくんせいだ。例によってスタッフOさんの力作で、もちろんくんせいはパナソニックのけむらん亭。合わせるウイスキーは、テレビCMのこともあり、シーバスミズナラの濃いめのハイボールにした。グラスは山崎のウスハリグラスである。

 撮影後、スタッフ全員で試食したが、どれもこれも美味。先週のお花見のビールが冷蔵庫にあまっていたので、それを飲んで乾杯。3時のおやつ替わりにウイ文研ではビールにハイボールである。

 その後、5月20日の“ウイ文研テイスティング”用のボトル6種と、大阪フェス・オリジナルのカバラン・ピーティカスクを撮り、体調不良もあって5時すぎに恵比寿の仕事場にもどる。

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2016.04.12【日記】

大阪フェス記念ボトル2種・・・


 椎間板ヘルニアのため、急遽アイルランド取材をキャンセルせざるを得なくなっている。そのため、昨日・今日と旅行会社を交えて緊急ミーティング。出発前2週間を切っての決断のため、バタバタすることばかりだ。アイラ・ジュラツアーについては予定通り行く予定である。

 それらのミーティングの合間に『ウイスキー通信』『Whisky Life』『コニサー倶楽部』の原稿書きと校正。通信とコニサー倶楽部は4月25日発行なので、今週中にすべて編集作業を終わらせないといけない。

 さらに6月5日の大阪フェスに向けての準備も着々と進めている。フェスの目玉の記念ボトルは今回2種類。1つはスコッチブレンデッドモルトで、60年代、70年代の原酒も入っているスペシャルボトル。フルボトルでスコットランドから取り寄せた。

 例によってラベルは渡辺トモコさんのオリジナル版画。今回はNHKの大河ドラマ「真田丸」の舞台ともなっている大阪城。豊臣のシンボルでもあるヒョウタンも描かれている。

 もう1つは、さらに目玉となりそうな台湾カバラン蒸留所のシングルモルト。蒸留所でしか買うことができない「ピーティカスク」で、大阪フェス限定で150本だけ特別に輸入してもらった。ピーティカスクはアイラモルトが入っていた樽で熟成させたカバランで、300mlという手頃なサイズでボトリングされている。もちろんカスクストレングスのノンチルだ。

 さっそくサンプルが1本届いたので、スタッフ全員でテイスティング。いかにもカバランらしいリッチなフレーバーに、かすかなスモーキーさが加わっている。どこの蒸留所の樽かは明かしてもらえなかったが、なんとなく察しはつく。アイラモルトは中身のウイスキーだけでなく、最近はその空き樽にも注目が集まっているのだ。

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2016.04.10【日記】

コニサー倶楽部のための座談会


 相変わらず朝から原稿書き。このところサントリーから依頼された57本のボトル(先に17本仕上げたが、追加で40本がきて合計57本となった)について、そのテイスティングコメントを書く作業が続いている。昨日の土曜日も、整形にリハビリに行った時間を除いて、ほぼ一日中その作業に集中する。痛みから気をまぎらわせるためにも、それのほうが良いからだ。

 今日は午前中、『Whisky Life』の原稿を書き、昼にウイスキー文化研究所。1時から『コニサー倶楽部』の座談会。リニューアル創刊第1号の目玉として、今回マスター・オブ・ウイスキー(MW)の試験にしぼって座談会を行った。

 出席者は世話人で、MWの審査員を務めるYさん、Sさん、Nさんの3人と私の4名。マスターの試験は2010年に始まって、今年で5回目まで終了したが(途中1年だけ開催していない)、現在までに合格したものは4名しかいない。2004年に始まってコニサー試験は現在までに、のべ3000人以上が受験しているが、その中でたった4名しか合格していないのだ。

 そんな難関の試験だが、一次の論文審査や二次の筆記、ブラインドテイスティング、口頭試問など、試験の実態や評価規準などについての問い合わせ、質問が多く寄せられている。そうした声に応えるためにも、さらにもっと多くの人にチャレンジしてもらうためにも、この座談会を企画した。

 特に論文については、どういう基準でそれぞれが採点しているのか、論文として私たちが要求しているのはどんなことなのかを、語ってもらった。過去5回の試験で30編近い論文を読んできたが、これからMWを目指す者は大いに参考になるのではと考えている。ぜひチャレンジしてもらいたいものだ。

 ということで、3時半に座談会は無事終了して、5時にウイスキースクールの新規講座について、講師を依頼するショコラコンシェルジュのHさんと打合わせ。5月からのスクールの新しい企画の1つで、チョコレートの基礎講座と、プラス・ウイスキーとのマリアージュの2つの講座を持ってもらうことに。

 スクールではチョコレート以外にも、チーズの講座(当然マリアージュも含まれる)やシェリー、コニャック、ワイン、日本酒、ビールなどもやりたいと思っている。業務の関係で昼間スクールを使うことは、なかなか難しいが、その分平日の夜のコースを充実させたいと思っているのだ。

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2016.04.08【日記】

八芳園でインド人のためのテイスティング・・・


 あちこちで花祭りが盛んだが、4月8日といえば、お釈迦さまの誕生日だ。小さいころは幼稚園でも小学校でも、釈迦の誕生日に合わせて、花祭りをやっていたものだが、今の若い人たちには4月8日の意味がわからないものも多いという。

 亡くなった私の母は宗派はあまり好きではなかったが、お釈迦さまにだけは帰依していて、私がインドから買ってきた白檀の釈迦像を仏像に飾り大事にしていた。そのインドのムンバイ(旧ボンベイ)から企業家のインド人グループ100人がやってきて、そのインド人のために、頼まれて白金台の八芳園で、ジャパニーズウイスキーのプレゼンをすることになった。

 ジャパニーズのボトル17本を用意し、7時に八芳園に行き、7時半からスタンバイ。八芳園は久しぶりに訪れたが、庭の緑がきれいで、散りかけてはいるが、桜も見事にライトアップされている。

 インド人の団体が着いたのが8時すぎで、それから1時間半、17本のウイスキーを盛大にテイスティングしてもらった。やはりインドでもジャパニーズウイスキーは大人気で、団体の一部は山崎蒸溜所に見学に行ってきたという。

 私が特別に用意した山崎シングルカスク1990は、あっという間になくなったが、それ以外でも響17年、鶴17年、秩父のヘビリーピーテッド2015は人気で、最後はプラカップではなく、グラスでおかわりをしていく者もいて、改めてインド人のウイスキー熱を肌で感じることができた。

 会はその後も続いていたが、9時半で無料テイスティングコーナーは閉めさせてもらい、そのままウイ文研に寄って、タクシーで恵比寿の仕事場にもどる。やはり腰も神経痛も限界だ・・・。

 ウルトラマンではないが、立ちっぱなしだと10分ももたない。とりあえず3分よりはマシだが・・・。
 

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2016.04.07【日記】

MR検査の結果、椎間板ヘルニアと診断される・・・


 月曜日午前中にMRを撮り、今週はその結果が出るまで、いつものようにハードスケジュールをこなす。通信とコニサー倶楽部、ライフの編集作業を同時進行させながら、大阪フェス、アイラ・ジュラツアーのミーティングだ。

 火曜は2つのインタビューを受け、午後は丸々それに費やされる。1つは本にまつわる思い出というか、私の半生記みたいなインタビューで、生い立ちや学生時代、なぜジャーナリストになり、今のような仕事をしているのかを、2時間近く話をする。

 2つ目はニューヨークのブルームスバーグのインタビューで、こちらはジャパニーズウイスキーと、そのクラフトウイスキーについて。どちらもネット上の記事なので、どういう形になるのか、私にはちょっと分からないところがある。

 水曜日は次号『Whisky World』の取材の段取りなどを決め、夕方6時すぎに西新宿にある整体へ。ウイスキー文化研究所特別顧問の藤原さんの紹介で、実際に一緒に行ってもらった。その後、藤原さんのアトリエの近くのイタリアンで食事。やはり電車や歩いての移動が一番シンドイ・・・。

 今日は午前中整形に行き、MR画像からの最終診断。やはり恐れていた椎間板ヘルニアで、それが神経を圧迫することによる座骨神経痛と判明した。全治するのに早くて半年、長ければ9ヶ月から1年と言われてしまった。

 日常生活もままならない耐え難い痛みをかかえながら、仕事をしていかなければならない。覚悟はしていたが、やはりブルーな気持ちになる。だからといって仕事をやめるつもりもないし、それはできない相談だ。とにかく、対処法を見つけないといけないのだろう・・・。

 病院からもどって、2時すぎにウイ文研(これでいいのかな?)。諸々の入稿作業を片付け、4時半すぎから通信、コニサー倶楽部、ウイスキーライフ、ワールドのミーティング。同時進行4冊という、ヤケクソ的なスケジュールだが、1つ1つやるしかない。

 6時から、オフィスで「ウイ文研花見」。去年から始めたものだが、外は雨、桜の花もだいぶ散ってしまっている。このオフィスの横の公園の桜と、明治通り沿いの桜並木は本当に美しい。

 私が広尾に仕事部屋を構えたのは20年近く前の1997年2月のことだったが、その頃は桜並木はそれほど立派ではなかった。それが20年経って、見事な並木に成長している。私の仕事場は、その間に広尾から恵比寿に移り、スコ文研、現ウイ文研のオフィスも南麻布、西麻布、そして現在の広尾に移ってきた。

 「年年歳歳、花相似たり・・・」というけど、花も人と同じように移り往く。「歳歳年年、人同じからず」である。だからいっそう、この時季の桜は人の心を打つのだろう。

 という風情とは関係なく、新しく入るTさんを加えてスタッフ全員で、唐揚げや生ハム、寿司をつまみに酒盛り。ビール、日本酒、シェリー、白ワイン、そして最後はウイスキーと相変わらずだ。特にバルデスピノのフィノとアモンティリャードが絶品だった・・・。
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2016.04.03【日記】

WPの集中対策セミナー


 先週は座骨神経痛と闘いながら、通信、コニサー倶楽部、ウイスキーライフの原稿を執筆。その間、サントリーから依頼されていた世界5大ウイスキーのポップのための、テイスティングを行う。

 今回は17種類のウイスキーのテイスティングを行い、それをポップに。もともとの発想はナツメ社の『ウイスキー完全バイブル』からだったが、それをすべて改め、イラストも今回は新しくした。最初のイラストは少し若いイメージだったので(それはそれで嬉しいのだが)、年相応に改めてもらった。プロのイラストレーターによる、完全な新作だ。来週くらいから、スーパーや大型量販店の棚に並ぶ予定だ。

 今日は朝イチに起き、8時半すぎに飯田橋レインボービルへ。腰を痛めてから、電車を乗り継いで遠出をするのは、今日が初めてだ。不安はいっぱいだが、だからといって休むわけにはいかない。普段なら、さっと歩くところだが、ゆっくりでないと歩を進められない・・・。

 どうにか無事について、9時半からウイスキープロフェッショナルの集中対策セミナー。とりあえず、スコッチウイスキーとスコットランド、そしてアメリカンとカナディアンを午前中3時間15分ほど講義。特に2月にやったブラッシュアップセミナーの資料を使い、スコッチの新しい蒸留所、最新のトレンドについて重点的に話をする。

 プロフェッショナルは記述の問題も含まれるので、重要な年号と語句についてはポイントを説明した。いつも思うことだが、半日くらいのセミナーでは、とてもすべてをカバーできない。あとは受験生がどれだけテキストを読み込み、そして日頃どれだけウイスキーや世の中に対してアンテナを張っているかだ。

 試験は決してやさしいものではないが、勉強すればするほど、ウイスキー愛が深まると思っている。

 1時前に私が担当する午前の部は終了し、午後の講義を受けもつY氏と交替し、再び電車を乗り継いで、ゆっくりと恵比寿の仕事場にもどる。飯田橋のお堀の桜が満開で、多くの人が出ているが、とても楽しむ余裕はない。もどって再び、通信やライフ、コニサー倶楽部の原稿書きである・・・。

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2016.04.01【日記】

ワールドと大阪フェスのミーティング


 ついに4月になってしまった。腰痛・座骨神経痛で花見気分はふっ飛んでしまって、日々歩くのも辛い状態が続いている。ここ何年も花見シーズンにはいろんなことが起こって、素直に桜を愛でる気分になれない。桜に罪はないのだが・・・。

 それにしても日本のこの時期の桜は見事である。世界的にみても、こんな風情はどこにもないだろう。南洋の台湾やミクロネシアには南洋桜と呼ばれる火炎樹があるが、文字通りあれは燃えるような朱色だ。

 オーストラリアや、私は南アフリカやジンバブエでしか見たことがないが、南半球の春にはジャカランダの花が咲く。しかし桜のような並木や、全山ピンクに染まるといった風情はない。もっともジャカランダのあのコバルトブルーの花は、あれはあれでこの世のものとは思えない美しさだが。

 今週アタマに『Whisky World』の最新号が届いたばかりなのに、すでに次号の『ウイスキー通信』も、そして5月末発売のウイスキーワールドも動き出している。昨夜は通信のデザイナーのIさんに来てもらってミーティング。今日はワールドの発行人Wさん、編集のF君に来てもらって、次号のワールドのミーティングを行う。

 通信と、同時に発行する『コニサー倶楽部』、『Whisky Life』は進行しているが、ワールドはいつもより予定を早めてのミーティングだ。4月下旬からアイラ・ジュラツアー、そしてアイルランド取材が入っているため、予定を前倒しにして進めなければならないからだ。

 ワールドの編集ミーティングが終わったところで、ついでに大阪フェスのミーティングも行う。大阪フェスも開催まで、あと2ヶ月。今日からチケットの販売が開始されたこともあり、会場レイアウト等について、具体的に大阪サイドの意見も聞くことに。

 今年の大阪フェスは過去最大規模の出展スペースで、ありがたいことに広い会場は現時点で、ほぼ埋まっている。大阪フェスらしいフードブースも充実で、楽しみなフェスになりそうだ。

 セミナー6つも早々にきまり、さらに前日の「コニサーのためのブラッシュアップセミナー」も開催する。初の仕切りとなるウイスキー文化研究所にとってもチャレンジングなイベントだが、ぜひウイスキーで関西を盛り上げたいと思っている。

 それまでに、なんとか腰を治さないと・・・。

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土屋 守

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