Bar.come(大阪・十三のモルトバー)

阪急十三の東口を出てまっすぐ東へ商店街を抜けると、見慣れないボトルがぞろぞろ並んでいます。 コールバーンやノースポートやローズバンクといったポピュラーなもの(笑)から、キンクレースやレディーバーンといったレアなものまで取り揃えております。単にモルトを注ぐだけの店です。 つまみは塩豆のみしか用意していませんので、持ち込みは常識の範囲で自由です。 安心してドアを開けてください。

2006.10.18【日記】

テキーラ爆発事件

 大学時代にアメリカへ一人旅に出た。第一の目的は「ミルトジャクソン」のライブを見ること。第2はグランドキャ二オンとデスバレーの観光。第3はラスベガスのショーとカジノ。第4はニューヨークのブロードウエー・オフブロードウエーのショー。第5はニューオリンズのバーボンストリート。第6はナイヤガラの滝。25年前の春休みに行った、41日間の完全なお遊びの旅である。

 シアトルで入国し、サンフランシスコ・ロサンジェルス・ラスベガス・サンジェゴ・ツーソン・エルパソ・ナッシュビル・ニューオリンズ・フィラデルフィア・ワシントン・ニューヨーク・ボストン・ナイアガラ・ニューヨークと西海岸から南回りで東海岸を北上、ナイアガラで折り返してニューヨークで遊びまくる。(途中の小都市は省略)

 これを一気に書くと、多分だれも読んでくれそうにないので、今回はエルパソ編というよりCuidad Juares編。

 エルパソの町はこじんまりしていて危険な匂いが少ない町である。少しの金額の通関料さえ払えば、歩いてメキシコに入国することができる。どうせならメキシコの土地も踏んでおこうと思い、地球の迷い方(歩き方)というガイドブックを手にブ~ラブ~ラ昼ごはんを食べにでかけた。

 Cuidad Juares(なんと発音するのかよく分からない)というのがメキシコ側の町である。そこはラテンの国特有の、陽気さと明るさと胡散臭さが同居している。日本語で土産物を売りにくる怪しげなメキシコ人がたむろしており、とりあえずはそやつらの攻撃から身を守るのが大仕事となる。外国では日本語で話しかけてくる人間(日本人は除く)にはジロジロ眼で睨みを利かしておかないと、とにかくだましてやろう魂胆にはまってしまう。

 そこここにタコス屋さんはあるのだが、メニューはすべてスペイン語。たまたま英語のメニューがある店を見つけたので、そこで昼ごはんにすることにした。チキンのタコスとチリビーンズのタコスを注文。飲み物は見たことのないビール。
 ファーストフードとはこう有るべきと言うスピードで目の前に出てきた。吉野家も真っ青。サイズはハンバーガーぐらいで、ちょっと足らないかなと思いつつ、足らなければ追加すればいいやぐらいの気持ちで、チリビーンズの方からかぶりつく。チリは辛いことは知っていたが、とてつもなく辛い。フホフホ言いながらビールで流し込んだが、胃の形が分かるくらいホット。
 そこでチキンなら大丈夫だろうとそちらにかぶりつくと、こっちも負けず劣らず。タコスの追加よりビールの追加が先。なんとか3本のビールで両方を流し込んだ。途中であきらめそうにもなったが、貧乏学生の性で残すことなど考えられない。ビールの方が高いことはさておき。

 話は戻るが、ある朝ロスでハンバーガー屋に入った時の事。前に並んでいるワイン樽のようなおじさん(ダンカンテーラーのマークはシェリー樽なのでもう少し小さい)が、ビッグマック2個とハンバーガーとチーズバーガーとポテトのラージを2個とオニオンリングとコーラのLサイズを2個オーダー。誰かが席で待っているのだと見ていると、一人で食べ始める。お連れさんはトイレなのだろうと思って、彼の見える席で私も食べ始めた。待てど暮らせど誰も現れない。私が食べ終わっても誰も現れない。彼のトレーの上の食べ物は、ワイン樽の中にスッポリと収まった。私は彼が食べ終わるまで、席を立つことを忘れていた。
 タコス2個で満足できるメキシコ人の方が小さいのは、ハホハホ言ってチョコット食べただけで満腹になった気がするからだと勝手に納得。

 お腹もくちたことだし、メキシコを感じようとそこいらを目的もなくポテポテお散歩。土産物屋をひやかしてみたり、大道芸人のパフォーマンスに見入ったり。日本語を話せないメキシコ人は、ラテン特有の陽気さで私を受け入れてくれる。しかし、95%ぐらいの人がスペイン語オンリー。話しかけてくれるのだが、チンプンカンプン。でもなんとなく楽しい。

 そうこうする内に日が暮れ始めた。アメリカより物価の安いメキシコで晩飯も食べることに。美味そうな物の食えそうな店は山ほどあるのだが、ド レ ニ シ ヨ ウ カ ナ・・・と迷っていると、前から日本人らしき二人連れ出現。
「日本人?」と日本語で
「はい」と日本語で
2週間ほどほとんど日本語から離れていた私には、「ふるさとの 訛りなつかし 停車場の 人ごみの中に そを聴きにゆく」と読んだ石川啄木の気分になった。
「一緒に飲もうか」
のお誘いに即答
「いいですね」
酒のお誘いを断るはずはない。

 とりあえず、目に付いたパブ?に向かう。
 すると今度は日本人の三人連れが出現。
「どっちから来た?」
と聞かれたので。
「西から」
と答えると
「俺ら東からやから、情報交換しよう」
と言うので、都合6人でパブへ。

 一番奥から三人連れ。二人連れ。私の順にカウンターに座った。テーブルは現地人で込み合っており、スペイン語が喧嘩でもしているかのように聞こえてくるが、笑い声も混ざっており単に発音がそう聞こえただけなのだろう。関東の方が大阪の南部の言葉(河内弁)を聞いたようなものである。バーテンダーが奥から順に注文を聞いていく。
「ビール」
「ビール」
「ビール」
「ビール」
「ビール」
「テキーラ」

 一瞬、店の中がシーンとなった。ように思っただけかも。
「●×▽○?」
スペイン語じゃ分からないって。
「テキーラ」
どうも何がいいかをたずねているらしいことは察しが着いたが、どれが何やらなんと読むやら???
適当に指差して
「That one please」

 完全に店中の人間の注目は私に。ザワザワはまったく行方不明。
 隣のお兄ちゃんがやっていたように、まずはライムをガブリ。塩を一なめ。クピー。
 で、一杯目。

 今度は嵐の前の静けさは終了。ヤンヤヤンヤと話しかけられるのだが、チンプンカンプン。
 そこへ、ラテン系特有のグラマラスな美女登場。彼女は少し英語が分かるらしく、
「テキーラを飲むなら○○○○がいいと言っている」
 と通訳してくれた。
「それをくれ」
 とオーダーすると、
「彼がおごってくれるそうよ」
 と通訳の美女。

 二杯目もクピー。

 またヤンヤヤンヤ。
 おごりで三倍目もクピー。

 日本人の連れがいたことなど、完全に忘却の彼方へ。

 ヤンヤヤンヤ。クピー。ヤンヤヤンヤ。クピー。

 こうなりゃ日本人の根性を見せてやるモンネモンネモンネ。

 ヤンヤヤンヤ。クピー。ヤンヤヤンヤ。クピー。ヤンヤヤンヤ。クピー。ヤンヤヤンヤ。クピー。ヤンヤヤンヤ。クピー。ヤンヤヤンヤ。クピー。

 どれだけ飲んだのかさっぱり記憶に御座いません状態。かろうじて19杯目までは覚えている。

 
 のどが渇いて目が覚めた。横を見ると昨日のグラマラスな美女が、服を着たまま寝ているではないか。私も服を着たままである。二人の間には何もなかったと推測されるが、頭はガンガン、のどはカラカラ、膀胱はパンパン。とりあえずトイレに駆け込む。自分の息子を取り出し放尿。その小便の匂いに鼻が曲がりそうになる。ついでに息子を観察。どうも昨夜使用した気配はない。ちょっと安心。ちょっと残念。ふと気がついて、財布を取り出して中身を確認するが、お金は減っている様子はない。大いに安心。

 そこで再度、我に返った。ここは何処?荷物を置いて出たのはエルパソのホテルとは、ぜんぜん様子が違うことに気がついた。一晩なんとか無事に過ごせたので、良しということにして、ベッドに戻って彼女を起こしてみる。何度かゆすると目は開けてくれたが、彼女も状況の把握が出来ていない様子。私の顔を不思議そうに見つめるのだが、マスカラがパンダになっていて、昨晩の記憶よりは不細工になっている。

 彼女もトイレに。ついでに化粧をしなおしたらしく、さっきよりはましになって帰ってきた。二人とも部分的に昨晩のドンチャン騒ぎを思い出して、笑いながらとりあえず飯を食べに出掛ける。二日酔いには迎え酒ということで、二人ともビールをオーダー。乾杯をしてしばらく、会話?ジェスチャー?を楽しむ。野菜サラダが滅法美味しかった。

 フレンチキッスで分かれた。
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